. 言論NPO主催「東京-北京フォーラム」公式サイト - 今、中国経済に何が起こっているのか

工藤:今日の言論スタジオは、8月27日放送の「中国経済はソフトランディングできるのか」に引き続き、中国経済の問題について議論したいと思います。6月に上海市場で株価が暴落し、その後、発表された様々な経済指数からも中国経済の減速が浮き彫りとなっています。こうした中国経済の動向が、世界でも非常に注目を集めているわけです。そこで、今回は、「今、中国経済に何が起こっているのか」と題して議論を行います。また、今回の議論に先駆けて中国の13人の経済学者、エコノミストに対してアンケートを実施しましたので、その結果も紹介いたします。

 それでは、ゲストの紹介です。まず、東京大学公共政策大学院特任教授で、アジア開発銀行研究所所長も務められた河合正弘さんです。続いて、日中産学官交流機構特別研究員の田中修さんです。最後に、日本総合研究所主任研究員の三浦有史さんです。

 習近平さんが、9月22日にシアトルで行った講演で、中国の株価や為替は、修復、調整する段階に入っている、とおっしゃっていました。中国としては、今の中国発の経済的な不透明感を早く払拭したい、ということもあるのでしょうが、さて、皆さんは中国経済の現状をどのように見ていますか。

 

「ICU」に入るほどは悪くはないが、30年以上にわたる疲労が積み重なっている中国経済

 

河合:6月に株価が大幅に下落し、それ以降も8月まで3回にわたる株の下落があり、その影響が世界中に広がってしまった、ということが問題の出発点ですが、元々中国では、急速な経済減速があるのではないか、と昨年来危惧されていました。政策当局者もかなり心配していたと思います。それで、昨年末頃から、金利の引き下げなど金融緩和を積極的にやり始め、今年に入ってからも続けたことで、株価が2014年と比べて2.5倍ほどの水準にまで上がってしまった。このバブル的な状況から大幅に下落したことを、世界のマーケットは、かなり深刻視したのではないか。また人民元基準値の突然の切り下げで、中国経済はそこまで悪いのか、と世界のマーケットに思われてしまったわけです。習近平政権は今年7%程度の成長を達成したいと考えているわけですが、ひょっとすると、経済成長率はもっと急速に落ちているのではないかと。

 実際、出てくる指標は、まず固定資産投資の伸びがかなり落ちており、そして、鉱工業生産指数の伸びも落ちてきている。いわゆる「李克強指数」と呼ばれる、銀行の貸出残高の伸び率や、電力消費量の伸び率、鉄道貨物の取扱量の伸び率の中では、銀行の貸出残高はかなり順調に伸びていますが、それ以外の2つが相当悪い。ということで、実際の成長率はもっと悪いのではないか、という疑念がマーケットの中で広がっています。

 要するに、製造業がかなり深刻な状況になっている。様々な産業分野で過剰生産や過剰設備の問題が出てきている。しかも、これはなかなか短期的に修復できるような問題ではない。

 中国経済の今後としては、GDPの半分以上を占めるほどに成長してきているサービス産業がいまのところ8%くらいの成長を維持していることから、製造業が5-6%ほどで伸びれば、GDP全体で6%台後半から7%程度を維持できると思いますが、実際にそうなるかどうかがポイントになってくると思います。

田中:今年の4~6月期のGDP成長率が7%と発表されましたが、市場からは「本当なのか。実際にはもっと悪いのではないか」と言われています。発表がたまたま株式市場の大幅下落と、人民元レートの基準値の引き下げに重なったので、もっと悪いのではないか、と疑心暗鬼が市場に広がっている。それが、今回の混乱の原因だと思います。

 しかし、この混乱は、中国の四半期のGDPの計算方法が、先進国のそれとは全く異なる、ということを忘れて判断してしまった結果だと思います。

 先進国だと四半期のGDPというのは、3カ月前と比較してどれだけ変化したか、を計算して、それを4倍することにより年率に換算して出しています。日本でも欧米でもそういう計算方法ですが、中国の場合は、1年前と比較してどうなったか、という計算方法ですから、今が良いか悪いかどうか、というよりも、去年の状況によって大きく左右されてしまうものなのですね。そのように全然計算方法が違うわけです。中国が発表しているのは、そういう1年前との比較という特殊なGDP成長率なのですが、実は、3カ月前から比べてどうなのか、という数字も試算として発表しているのです。ただ、それは一般にはあまりちゃんと報道されていない。発表しているのに報道されていない。それによると、昨年10~12月期以降を前期比で計算し直してみると、すべて7%を割っているわけです。今年の1~3月期は約5.6%と6%すら割り込んでおり、4~6月期は約6.8%になります。

 ですから、4~6月期は、実は少し戻してきているわけです。つまり、(経済が減速しているという市場の印象と)実態は違うわけですが、過剰に市場が反応してしまった、ということだと思います。

三浦:中国の統計に関しては、信憑性を疑わせる問題が色々と出てきています。実際に統計を分析してみると、例えば、地方の発表するGDP統計を全部合計してみたら、全くつじつまが合わない、というようなことがあります。だからと言って、では、国として出すGDP統計が、どのくらい実態からずれているのか、というと、実は本当のところは誰にもよく分からないわけです。

 一方で、日本側の中国を見る視点というのは、「過去30年にわたって10%近い成長を遂げてきたわけだから、もうそろそろ終わってもおかしくないのではないか。こんな成長がいつまでも続くわけがない」というのが一般的な見方だと思います。日本側は「下がる」ということを待っている節があると思います。そこに、色々な指標が落ち込んでいる、というニュースが飛び込んでくると、日本のマーケットは、「やっぱり」と思ってしまう。しかし、指標が出るたびに、それに反応して、日本の株式市場が大きく揺れ動いてしまっているのを見ると、ちょっとナーバスになりすぎていると思います。

 中国経済を、病気で例えるのであれば、ICUに入って緊急手術をしなければならないほど深刻ではないと思います。ただ、この30年で積み重ねてきた色々な疲労みたいなものが経済の中に溜まっている。例えば、投資効率の異常な悪さ。投資をしてもGDPを生み出す効果が、以前と同じように出てこない。そういう状況になっていますので、ここは一回人間ドックに入って検査をして、生活習慣病のような経済発展の非効率なスタイルを、抜本的に見直す時期に来ている。それは中国自身も十分承知しているのだけれど、なかなか進まないがゆえに、中国を見ている人々の不安も増幅されている、という状況だと思います。

河合:これまで改革開放以降の35年間、中国は長期にわたる高度成長をしてきましたが、この10年ほど、とくにリーマンショック以降、中国経済の脆弱性が相当高まってきたと思うのです。2008年には4兆元といわれる公共投資を打ち上げました。今の為替レートで80兆円近い金額です。非常に大きな景気刺激策を行ったわけですが、そこで、投資の対GDP比率がぐんと上がった。それまでも投資比率は高かったわけですが、さらに上がった。それをファイナンスするのに、シャドーバンキングを使う、あるいは、地方政府を梃子に公共投資を行っていく、ということで、信用の拡大が続きました。そして、必ずしも効率的ではない投資が大々的に行われ、不動産市場が活況を見せ、経済成長が続くという、非常にバブル的な状況が起こりました。しかしその結果、地方政府の債務が拡大し、鉄鋼、セメント、石炭、自動車など様々な産業分野でも過剰設備が生まれ、それが今、重荷になってきています。まだ中国経済には、まだ政府の財政余力があり、急速な経済減速に対応できますが、その財政自体も徐々に悪くなってきています。私も、当面、危機的な状況になるとは思いませんが、過剰な投資、過剰な設備、そして過剰な債務をなんとか減らしつつ、安定的な経済成長にソフトランディングさせていかないと、いずれICUに入ってしまう可能性があります。

田中:よく中国指導部は「今、3つの時期が重なっているのだ」という言い方をします。一つは、高度成長から中成長へのギアチェンジの時期。これをチェンジするのはなかなか大変です。もう一つは構造調整の陣痛の時期。2013年に三中全会で、改革の大きなプランが出され、2020年までに決定的な成果を上げなければならない、ということになったわけですが、そうすると、リストラも必要ですし、改革を進めないといけない。そういう陣痛の時期です。さらに、先程の病気の例えでいうのであれば、少し節制しないといけないのに、リーマンショックの際に4兆元もの大型景気対策をやったので、その後遺症が激しく、対策がもたらした経済リスクをどう解消していくのか、という、その消化の時期。この3つの時期が全て同時期に重なっているので、大変な状況だと思います。それらはすべて要因が異なるので、分解して考えていく必要があります。

工藤:陣痛の時期であって、大きな転換期でもある。最終的なゴールとしては、ソフトランディングだと思いますが、そこに向かって順調に動いているのですか。

田中:国有企業改革という一番大きな改革は少し遅れています。これは非常に大きなリストラを伴うので利害関係者の反発も大きい。

工藤:地方政府の債務過剰の問題については、どういう政策体系の中で処理される構造なのですか。

田中:借換債を発行して、とりあえず問題を先送りしています。そうして先送りするだけで、根本的な解決策はまだないわけです。

 

2020年「小康社会」は実現のためには、構造改革が不可欠。しかし、現状の改革は腰が据わっていない

 

工藤:中国は2020年に向けて、経済改革を成功させ、「小康社会」を実現するために、2つの大きな目標を達成しようとしています。そして、その2016年から2020年が、最後の5年に入るわけですが、その5か年計画が、まさに10月の党中央委員会で決まる、という非常に重要な局面に来ています。

 その中で、世界は今、2つの視点で中国を見ていると思います。まず一つは、今回、株式市場や為替市場において、中国が色々な形で支えようと手を打ってきましたが、その手法がマーケット的ではなく、管理型だったわけですが、その手法が今後もうまくいくのだろうか、と。このあたりをどう考えればいいのでしょうか。

河合:株が暴落したときの対応策や、人民元の基準値を唐突な形で切り下げたことなど、なぜ、そういう対応をとったのか、ということがはっきりわかりません。どの政府でも、経済的・金融的なショックが起きたときに、状況をどう判断しているか、どのような経済政策をとって対応すべきかについて、市場とコミュニケートしつつ、明らかにしていく必要があります。中国も、市場経済に移行しつつあるわけですから、やはり市場ベースでの経済政策のやり方、政策対応の仕方、そしてコミュニケーションの取り方といったものを、重視すべきです。世界第2位の経済大国として、自分たちの政策や対応が、世界を驚かせてしまう、ということを避けることが必要です。このことを、今回、中国当局もかなり分かったのではないかと思うのです。

 例えば、金融政策では、一体どのように金融政策が決まっているのかがよく分からない。中央銀行である人民銀行は独立性を持っていないわけですが、一体どういう判断基準で、金融政策が決まるのか。特に、株がバブル的に上昇している最中に、金融緩和を続けることは、本来はおかしい政策だと思うのですね。株の急上昇を避けるような他の手立てを講じたようでもありません。

 人民元の基準値引き下げの問題も、中国当局は、基準値を市場レートに合わせていく、というやり方を取りたかった、と言っています。しかし、そうであれば、もっと早い時点、つまり、去年の11月くらいから、基準値と市場レートの間には差が出ていたので、たとえば今年の前半から、ゆっくりと、周りを驚かせないような形で、市場レートに合わせていく、というような対応もできたのではないか、と思います。

工藤:あれは、国際通貨基金(IMF)の案に沿ってやっただけだ、という議論もありますよね。しかしそうだとしても、やはりきちんとマーケットに即してやるべきだ、ということですか。

河合:もちろん、そうですね。IMFの特別引き出し権(SDR)に人民元を入れるには、為替レートの決定をできるだけ市場に任せることが必要ですが、株式市場が混乱しているときに唐突なかたちでレートを管理すべきではないでしょう。政策意図をきちんとマーケットに説明していくことが重要です。

工藤:もう一つは、2020年の改革目標というものが本当に達成できるのだろうか、ということですが、これはいかがですか。

田中:先程申し上げたように、前期比で見た場合、一番(成長率が)悪かったのは3月であって、そこからは若干持ち直している。ただ、その持ち直し方が極めて弱い。おそらく7~9月期もその状況は変わらないと思います。それは、色々なプロジェクトの新規着工が遅れていて、7月、8月になってから、立ち上がったものが多く、その経済効果が10月以降にまでずれ込んでしまうからです。ですから、7~9月期も強くないということは、それは仕方ない。

 その中で中国は、今の身の丈に合った経済成長のために調整をしている。ただ、そこで一番大きな問題なのは、それに耐えきれずに、再び大きな景気対策をしてしまうことです。実際、そういう圧力はある。ですが、それをやってしまうと、2008年の4兆元対策の焼き直しになり、構造問題がより深刻化してしまう。そうなれば、2020年目標の達成も難しくなる。ですから、ここであまり慌てて大規模な景気対策、大規模金融緩和などを打ち出さない方が、中期的には中国経済のためになります。

三浦:基本的に同意見です。私は、中国経済を見る際に、いくつか視点を持つように心がけていますが、構造改革の中では、先程から話が出ている国有企業改革に注目しています。これがどれくらい進んでいるのか、というと、単純な指標で見ることはできませんので、なかなか難しいところはありますが、私が調べた限りでは、どうも腰が据わっていない、という印象があります。国有企業改革における課題では、例えば、「これだけは国有でずっとやっていきます。民間は手を出してはいけません」という、いわゆるネガティブリストを出すことが2013 年 11 月の三中全会の時から言われているのですが、これが一向に出てこない。なぜ出てこないのか、というと、「これは国有企業がやる、これは民間企業がやる」と決めるということは、どうしても「線引き」をしなければならなくなるわけです。国有企業ばかりでやっていると効率が悪くなってしょうがないから、どんどん民間に入ってもらって、効率を上げていきましょう、という「混合所有制」の考え方自体は妥当ですが、その最初のステップである線引きがまだできていない。それができない一方で、Public Private Partnership(PPP)という名の下に、地下鉄など色々なところで民間企業に参加してください、という話が一方的に盛り上がっている。これは、そこまで踏み込めない政府のリーダーシップの弱さ、あるいは、習体制全体の問題なのかもしれません。

工藤:インフラですね。

三浦:そうですね。要は、地方にはお金がないものですから、そういうところに民間が積極的に入ってきてほしい、ということなのでしょうが、それはどうも手順が違うのではないか、という気がします。そういう意味で、国有企業改革というのは、まだ腰が据わっていなくて、先行きがどうなるのか、と不安視せざるを得ない状況にあります。

工藤:国有企業を40社程度に集約して、巨大な国有企業を作り世界で戦えるようにする、という報道がありましたが、これとは関係があるのですか。

三浦:それも改革の一環ですが、国有企業改革とは別の流れにあるものです。「一帯一路」という流れもあり、中央政府管轄の国有企業が113社あるのですが、これをどんどん合併させて、将来的には40社にする。そうすると、競争力も高まって、アジアインフラ投資銀行(AIIB)で融資をするインフラプロジェクトにおける受注でも、非常に有利なポジションに行ける、というわけです。先程から出ている過剰生産能力の問題も、ここでプロジェクトを取れれば、ある程度解消できる、ということを政府高官は言ってはばからないわけです。ですから、これも構造改革の原点を見失っている印象を受けます。改革にどのくらい本腰を入れて取り組むのか、ということを私はかなり疑問視しています。

工藤:ご指摘のように過剰設備の問題がある。そして、先程少しお話がありましたが、地方政府では、債務をただ借り換えしてローリングしていくだけになっているという問題がある。これらの問題はいずれ調整していかなければならないと思うのですが、これまでのお話を伺っても非常に大きな課題があるわけですよね。これは本当にうまくいくのでしょうか。

田中:先程も申し上げたように、地方政府の債務の問題は、当面借換えをすることによって、問題を先送りしたわけですね。ですから、数年後にはまた同じ問題が起こるし、新たな債務も出てくるわけです。これを解決するためには、抜本的に中央財政と地方財政の財源配分を見直すことが必要です。例えば、地方税を充実させるとか、日本でいうところの地方交付税を強化するとか、かなり大きな見直しをしないと抜本的な解決にはならないわけです。これは2020年までの改革案にも入っています。これをやらないと解決しない。

 過剰設備の問題は、これは国有企業改革とセットになっているものです。つまり、大規模なリストラや再編を伴うわけです。これをどうやるのか。その時に、今まではある程度設備廃棄でやってきたわけですが、いずれは人員整理に踏み切らなければならない。つまり、雇用に手を付けることになるわけですが、李克強首相は「雇用は守る」と言ってきたわけです。成長が落ちても雇用さえ守れればいいのだ、ということだったわけですが、そこが守れなくなると、また面倒なことになる。ですから、「雇用状態を悪化させずに、国有企業を再編していく」という難しい問題に直面しているわけです。

工藤:そうした色々な構造改革の中で、成長率はどういうような意味合いがあるのでしょうか。例えば、今回「7%目標を達成できない」と言われ、世界が中国の景気の問題に注目していますよね。構造改革を進めていくために、成長率はかなり重要なのでしょうか。

河合:やはり、ある程度の成長率がないと、例えば、今、雇用の問題についてのお話がありましたが、雇用を維持していくことができないわけです。国有企業改革も進みにくい。これから各種の「過剰」なものを処理していかなければならないわけですが、成長率がどんどん下がっていく中では非常にやりづらいわけです。

 国有企業の再編については、これによって、過剰設備の削減があまりにも速いスピードで進んでしまうと、今度はそれが経済活動に跳ね返って、成長減速がより速いスピードで起きてしまう。ですから、7%に固執するかどうかは別として、当面は少なくとも6%台以上の成長を保ちながら、何とか過剰投資・設備・債務の問題を解決していく、同時にそのためにも国有企業改革を進めていくということが、適切なやり方なのではないかと思います。

工藤:構造改革をやりながら、ある程度の成長を保っていく、ということですね。習近平さんや、李克強さんの演説を聞くと、「ある程度大変だけれど、大きく壊れるような感じではない。対応のための余力はあるし、修復の目が見えてきた」とおっしゃっていましたが、そういう感じはしますか。

三浦:「まだら模様だ」というのが正直なところです。都市の新規雇用は、この状況の中でも、すでに政府の年間目標の7割に達しているわけです。そういう意味で、雇用はそんなに悪くなっていない。

 一方で、先程来、ご指摘がある通り、地方の債務問題については、先送りしたりしてまだ着地点が見えない。成長率もどんどん下がり、投資効率、資本効率も良くならない、という悪い材料もある。

 私は、改革の成否は、どのくらい中身の伴うことをできるか、にかかってくると思います。先程申し上げた、国有企業改革もそうですし、個人消費に関わる分野でいえば社会保障ですね。農村から出てきた人々が都市の社会保障にどれくらい組み込めるか。所得格差問題でも同様です。そういうところで、抜本策として、きちんと手を入れて解決していく、ということが、中国経済安定のための王道であると思います。株価対策とか国有企業の大規模合併というのは、場当たり的で、アドホックな政策にすぎないと思います。

工藤:2020年までの計画の中で、今の格差については目標設定されているのですか。

田中:所得分配制度改革があります。これは既得権益との戦いになるので、かなり強力な政治的リーダーシップが必要になると思います。

工藤:すべての政策には、手順というか優先順位があるわけですよね。今、中国が一番力を入れているのは何ですか。

田中:国有企業改革が進まないのは既得権益層の抵抗があるからですので、今はそこを叩いています。電力派とか石油派など、国有企業にぶら下がった政治勢力ができ上がっていますので、そういうものを徹底的に叩いて、改革に反対できないようにしている。そこが、第一段階です。

次期5か年計画で、設定される成長率目標で、改革の成否が見えてくる

 

工藤:さて、ここで、言論NPOが中国の経済学者13人に対して実施したアンケート調査の結果をご紹介し、それに対して皆さんのご意見をいただきたいと思います。回答した13人の経済学者は、中国の著名な大学の先生が中心です。

 まず、「中国の人民元切り下げは現状程度(3%)で終わると思いますか」という設問に対しては、「現状程度で終わる」との回答が13人中6人でした。「数カ月にわたり、切り下げを更に進めていく」が3人、「現時点で判断できない」が3人でした。

 「現在の中国の景気減速はどれぐらい深刻に捉えていますか」との問いでは、「減速しているが、7%成長は維持しているので深刻には捉えていない」「それなりの影響はあるが、中国政府が対策を打つだろうからあまり深刻には捉えていない」との合計が、13人中10人に上りました。ただ、「株安、人民元切り下げなど事態は深刻で、世界全体に悪影響を及ぼすと思う」が2人いました。

 次に、「今回の中国の経済減速は今後、どのように着地すると思いますか」という設問では、13人中12人が「ソフトランディングすると思う」と答えました。したがって、短期的にはいったん減速したとしても、「最終的にソフトランディングする」ことを、ほとんどの経済学者が信頼しているという結果でした。

 もう一つ、「中国経済の減速には、過剰投資や地方債務問題などの構造問題が背景にあります。あなたは、こうした構造問題に対して中国政府がコントロールできると思いますか」という質問をぶつけています。これは13人中9人が「コントロールできると思う」、2人が「どちらともいえない」との回答でした。

 「中国経済が、投資主導型から消費主導型の安定的な中成長に移行できると思いますか」という設問では、中国の経済学者ですら、「移行できると思う」と答えたのは13人中5人にとどまり、「現時点では判断できない」が6人、なんと1人は「移行できないと思う」と答えていました。したがって、中長期的な目標に関しては、中国の人たちもまだ読み切れていないということです。

 こうした中国の経済学者、エコノミストによる判断に対する感想と、ご自身のお考えはいかがですか。

三浦:「中国の学者であれば、このように答えるだろうな」というところでは、概ね予想通りです。私が個人的に違和感を抱いているのは、「投資主導から消費主導の経済に移れるか」というところです。正直に言えば、今行われている改革の成果を確定するのはなかなか難しいので、私はこの点について明確なことを申し上げられるほどの材料を持っていません。

 ただ、一つの材料として、2020年までの次期5か年計画において、目標成長率をどのくらいに持ってくるのか、ということがあります。これは、10月の党中央委員会で決まりますが、そこでは伏せられ、来年3月の全人代で発表されるものです。これが6%くらいであれば、「景気減速をある程度容認しながら改革を進めていくのだ」という意思表示だと見ることができると思います。しかし、6.5%とか7%に持ってくると、その成長を支えるだけの投資がまた必要になり、中国経済はさらにじり貧に陥りかねません。そうなると、「本当に改革をやる気があるのか」と疑わざるを得ない。そういう意味で、次期5か年計画の目標成長率をどのくらいに持ってくるのか、ということが、中国経済の今後の方向性を見るときの一つのポイントになるのではないかと思っています。

河合:私も三浦さんと同じように、中国の経済学者からこういう答えが出てくるのは自然だろうな、と思いました。

 「投資主導から消費主導に移れるかどうか」という点を、中国の経済学者はけっこう慎重かつ現実的に考えています。我々が中国に期待したいことは、やはり消費主導型経済に早く移行することですが、今は投資のGDP比率が40%後半にまで達しています。これを引き下げていかなければならないわけですが、急激に引き下げるとGDPが下がってしまいます。投資を急激に引き下げても、個人消費や純輸出がそれを補うほど急激に伸びるわけではない。つまり、投資を大きく引き下げることは、経済成長の観点からするとなかなかやりにくいと、中国の経済学者たちは認識しているのでしょう。結局、投資主導経済から消費主導経済への移行は、長い時間をかけなければならないだろうと思います。

 ただ、あまり長い時間をかけすぎると、高い投資率をずっと維持していくことになるので、これも危険です。そのバランスをこれからどうとっていくのかという、非常に難しい局面にこれから何年かは入っていくのだろうと思います。質が高く、効率的な投資はある程度維持していくことで、経済の急減速を避ける。地方政府による投資を大きくカットしてしまう、あるいはカットするような状況に追い込んでしまうのは、あまり望ましくない。しかし、同時に、今まで溜まった地方政府の過剰な投資や債務を何とかしていかなくてはいけないという、難しい問題に直面しています。

 そして、個人消費のGDP比率は35%強と、まだ低い状況です。これを、他国並みの60%前後の水準に徐々に近づけていくことが必要です。しかしこれも一挙にはできないので、徐々にやっていくしかありません。方向性としては、消費は伸び続けているので、今後は投資よりも消費の伸びを高くしていく、そしてGDPへの消費の貢献度が高い状況を維持していくことが、重要だと思います。

工藤:三浦さんは「次期5か年計画の成長率目標の立て方で、構造改革への本気度が分かる」とおっしゃっていましたが、河合さんはどうお考えでしょうか。

河合:私もそう思います。中国の潜在成長率は下がってきており、その傾向は今後も続くでしょう。これは隠しようのない事実だと思いますので、それを超えた過大な成長をしようとして大規模な投資を続けていくことになると、またこれまでと同じような副作用が出てくるでしょう。成長率の目標は過大なところに設定せず、構造改革を進めるべきです。

 

人民元の切り下げ問題は、米中首脳会談の「裏の争点」

 

田中:まず、人民元切り下げについては、私は、大幅な切り下げはないと考えていました。習近平国家主席の訪米前に大幅な切り下げをしたら、米中首脳会談は大変なことになってしまうので、中国としても、(南シナ海問題をめぐって)アメリカの国防総省と微妙な関係にある中で、今度は財務省まで敵に回すことは難しい。ですから、大幅な切り下げはできないだろうとみています。ただ、7~9月期のGDPの数値が悪かったりすると、市場から強い切り下げ圧力がかかる可能性があるので、そうするとドル売り介入に追い込まれて非常に厳しい状況になるかもしれない。

 もう一つ、過剰設備と地方債務の問題については、先程も申し上げたように、地方債務は借り換えが進んでいるので、短期的には政府がコントロールできますが、中期的には抜本的な改革が必要です。また、過剰設備の問題は今もまだ続いている問題ですので、この解決にはかなり時間がかかるでしょうし、中国の指導部もそう言っています。したがって、すぐにコントロールできる問題ではないと考えています。

工藤:人民元の問題ですが、外貨準備を一生懸命減らして、元買い介入をしているわけですよね。経済が良くないとすれば、今後も介入を続けることになるのでしょうか。

田中:ですから、これはまさに米中首脳会談の結果にもよります。為替レートの問題は、今回の首脳会談の大きな隠れた議題になってくるはずです。アメリカがどれくらいまでドル高を容認できるのか。アメリカが中国を為替操作国に認定してしまえば、報復されてしまいます。中国がアメリカ製のジャンボジェット機をたくさん買えば済む話なのか、というのは分かりませんので、首脳会談のかなり大きな裏の争点になると思います。

 

上意下達がスムーズになされなくなっている

 

工藤:アンケートでは、政府当局が構造問題に対するコントロールができる、という見方が多かったわけですが、先程田中さんから今は構造改革の「第一段階に来ている」というお話がありました。中国の政治指導部はコントロールし切ることができるのでしょうか。

田中:先程「第一段階」と言ったのは、改革前にまずは対抗勢力を「反腐敗」でできるだけ抑え込んでいくことが必要なのですが、今はその段階にあるということです。

 しかし、これは、政府当局のマクロコントロールの能力を逆に下げる可能性があります。構造改革を進めるためには、反腐敗を徹底的にやることは大事なのですが、最近、マクロコントロールの側面では「行政の不作為」ということが言われています。中央が色々な指示をしたときに、昔であれば上意下達ですぐに物事が動いていたのですが、最近は末端の動きが鈍いのです。これはなぜかというと、下手なことをやると、反腐敗で訴えられて自分が失脚するのではないかという恐怖感が、かなり末端にまで満ち満ちていて、その結果として中央の政策がすぐに執行されない、という状況だからです。このように以前は命令がすぐに執行されていたのですが、執行までのタイムラグが広がってきています。この問題が、今回マクロコントロールの効果がなかなか現れない一つの原因になっていますので、そこは「痛しかゆし」というところがあると思います。

 

世界は中国に対して、経済のけん引役ばかりではなく、構造改革を進めることも求めていくべき

 

工藤:中国が、構造改革と同時に経済成長を追求していくという状況になってくると、そのプロセスで、国際経済に対する影響があると思います。例えば、かつては中国が資源を「爆買い」していたのですが、それが資源供給に影響を与えていました。そこで、世界は、中国の動きをどう見守ればいいのか、ということを、最後にお聞きしたいと思います。

 先日の20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議の議論を見ていると、「中国は改革と同時に、財政出動もやれ」という論調になってしまいましたが、皆さんのお考えはどうでしょうか。

三浦:やはり、中国は既に世界第2位の経済大国ですから、改革一辺倒で荒療治を施すだけ、というわけにはいかないのだと思います。ですから、あくまで改革と景気の二兎を追うかたちで、「成長率を一定水準に保ちながら、同時に改革を進めていく」というのが、中国の進む道として皆が望んでいるところであり、中国もそれを目指していると思います。

 個人的には、個人消費がどのくらい順調に伸びていくか、ということが鍵になると思います。これを支える改革は三つあります。一つは、格差問題をどう解決するか。二つ目に、社会保障制度をどう改革するか。三つ目は、戸籍制度の問題にどう手を突っ込んでいくのか。これらは、国有企業改革とはまた違う改革の本丸だと思っています。このような改革の進捗状況を、我々としてもしっかり見ていかなければいけないと思っています。

田中:先日のG20の声明に「構造改革、構造調整をしっかりやれ」という趣旨がわざわざ盛り込まれたのは、非常に良かったと思います。私が個人的に最も恐れていたのは、「中国機関車論」が出てくることです。かつて西ドイツと日本は(世界経済をけん引する)機関車にたとえられましたが、当時も高成長により世界経済をリードすることはできませんでしたから、中国にできるはずもないわけです。ただ、世界からそういう期待が寄せられると、中国国内で、景気対策を求めたり、改革や構造改革を遅らせたいと思っている勢力が勢いづいてしまいます。今回のように、世界が「ちゃんと構造改革をやれ」と言い出すことが一種の外圧となって、さらに構造改革を進めるきっかけになりますので、その意味ではG20は非常に良い結果になったと思います。中国の財政部長と人民銀行総裁が黙っていたのも当たり前で、「わが意を得たり」という部分があったのだろうと思います。

河合:お二方が言われたことには、私も完全に同感です。急速な経済減速を避けつつ構造改革をやっていくことを、G20が中国に求めたということです。

 そして、G20には同時にもう一つのストーリーがあります。アメリカの金利引き上げが新興国にどういう影響を与えるのか、ということが懸念されていますが、中国は「実は中国にも悪影響を与えているのだ」というメッセージを送りたかったわけです。ですから、今後アメリカの金利引き上げが待ち受けている中、中国の急減な景気減速をいかに回避しつつ、中国にしっかりした構造改革をやってもらうことが、これから重要な課題だと思います。そういう意味で、G20では、中国側と、アメリカその他先進国側との間の綱引きのようなかたちで、あのような声明がまとめられたと思います。

工藤:G20の後、アメリカ連邦準備理事会(FRB)が利上げを見送りましたが、その直前に、習近平主席が市場拡大の姿勢を示す文書を出していますよね。これはG20ではなく、米中の「G2」で議論が動いているということなのでしょうか。

河合:世界の金融市場、とくに中国をはじめとする新興諸国の金融市場が不安定な状況の中で、アメリカが利上げをしてしまうと、世界経済に余分な負荷がかかってしまう。そして結局、それが自国に跳ね返ってくる可能性があるということを、FRBは考えたのだと思います。ですから、それは、中国との間の「G2」を意識して決定したということではないと思います。2013年、当時のバーナンキ議長が「量的緩和をこれから縮小する」と言ってしまったときに、世界中の金融市場が非常に大きな混乱に陥ったのですが、あのような状況は避けたいという考え方が、FRBにあったのだろうと思います。

工藤:中国経済の行方に、世界が非常に注目しています。その中で、中国は、非常に困難な改革に取り組んでいます。2020年の5か年目標に向けて、10月に党中央委員会が開催されるという局面の中、アジア、そして世界の経済が、今後大きく形作られていくような気がしています。

 ということで、今日は皆さんと「中国経済でいま何が起こっているか」について議論してみました。この議論は、今後も継続していきたいと思っています。皆さん、今日はどうもありがとうございました。

 
 
 
親カテゴリ: 2015年 第11回
カテゴリ: 事前座談会