. 言論NPO主催「東京-北京フォーラム」公式サイト - 座談会(フォーラムを振り返って)

工藤:皆さん、お疲れ様でした。

「第 11回 東京-北京フォーラム」が先程終わったのですが、今回は新しい体制で、次の10年に向けた初回ということで、様々な課題がでてきました。一方で、11回目の世論調査結果では、両国の国民意識の改善がみられる中で、今回の対話が行われました。皆さんは、終日、このフォーラムに参加いただいたのですが、今回のフォーラムを振り返って、どのように感じましたか。


今回のフォーラムを振り返って

明石:いろいろな意味で、節目の「東京-北京フォーラム」だったと思います。日中関係が非常に悪い時期が続いたわけですが、昨年の秋頃から、中国側もやや柔らかな態度を見せ始め、それが続いているという印象が強くありました。中国側は、公式にも非公式にも日本に対して、親しみの気持ち、もっと一緒にやろう、という意志を示しているのは明らかですが、かといって、要人の一部、トップにおいてはぬか喜びをしてはいけないぞ、というような態度も見られました。我々は、基調としては関係がよくなることを祈り、準備をしつつ、仮にとん挫したとしても、がっかりしないような態度も保ちながら、慎重な楽観主義という態度で臨むべきだと思います。

宮本:10年間、難しい状況の中で、工藤さんがずっと頑張ってこられて、昨年、第10回目のフォーラムを見事に成功させて、次の10年もやろうという合意をして、その最初の年ということで、我々は北京に乗り込みました。やはり、中国側もそれに答えたというか、「東京-北京フォーラム」の重要性が、確実に認識されたと思います。それは、我々の実行委員会の最高顧問に福田康夫・元内閣総理大臣にご就任いただいたということも重要だったと思いますが、「東京-北京フォーラム」の活動そのものが、非常に重視された。

 その結果、福田総理がお越しいただき、中国共産党の序列4位の全国政治協商会議の主席で、かつ、中国共産党政治局常務委員の兪正声さんが長時間、会談に応じていただいた。なおかつ、その中で、明確にこれまでの「東京-北京フォーラム」の功績に言及されていました。これは、中国という国柄からすると、極めて大事なことなのです。それぐらい、これまで工藤さんが10年間やられてこられたことは、そういう評価を中国国内で得たということだと思います。それだけ、関心が高まった結果、相手側が自由を失って、実際のロジ的な面も含めて、工藤さんが苦労するということもなきにしもあらずですが、トータルとしては、中国側に非常に重視されたスタートを切れたと思います。

山口:お二方がおっしゃったことに尽きると思うのですが、今回、外分局が初めて事務方として動くということでしたが、私が見るところ、外分局はこのフォーラムを成功させようと精一杯の努力をしていたように見えました。我々からすると、もう少しこういう配慮があればとか、こういう気の使い方をしてくれれば、ということがないわけではありませんが、それでも始めてにしては相当行き届いた手配をしていたな、という感じがします。中国側が全体としてこのフォーラムにかけるある種の意気込み、次の10年について、しっかり運営しなければいけない、という気合が入ってきているのかな、という印象を受けました。

工藤:先ほど、CCTVで私たちが兪正声さんに会っているシーンを見ました。かなり大きな取り上げ方をされていて、日本のメディアも驚いていました。ということは、この対話の位置づけがかなり大きなものになっているのではないか、という話がメディアからもあったのですが、明石さんはそういう手応えを感じていますか。


熟考しながら、次の一歩を踏み出すことが重要

明石:まず、宮本さんがご指摘になったように、中国政府のナンバー4の人が我々と会談したということは、極めて重要なことだと思います。しかしながら、我々の「東京-北京フォーラム」は、トラック1.5的な言論NPOという日本の民間有識者の重要な人たちを集めた団体と、中国の第4の人が会うというのは、なんとなく、まだ情勢は熟していないという気がしています。しかしながら、最近行われた11回の世論調査を見ると、ずっと曇り空であった日中関係が、雲の間から太陽が少しずつ見え始めた、というところだと思います。

 非常に重要で、かつ微妙な段階であって、向こうの要人と話をすると、根本にある日本に対する不信感というのは、まだ払拭されていない。しかしながら、新しい方向を試してみようではないか、という気持ちが中国側にも芽生えてきていることは感じられるので、現在は非常に微妙な時期だと思います。この「微妙」も、難しい意味での微妙というだけではなくて、色々な機会、オポチュニティというものが訪れている感じもするので、我々はそれを敏感に感じて、間違わないように、より長期的な、より安定した関係を築いてく。そのためには、こちらからどのようなシグナルを送るべきか、どういう態度を見せるべきか、ということが、政治においても社会面においても、メディアとの関係においても、色々な意味で要請されていると思います。

 だから、一人ひとりが間違った一歩を踏み出すと、せっかく出た芽が摘まれる可能性が、いまの段階ではあるので、一生懸命考えながら、次の一歩を踏み出すことが重要です。ただ、いい方向に行き始めた、ということは紛れもない事実だと思います。

 また、今回、全人代の報道官で、私の古い友人の傅瑩さんをお招きして、昼食講演会を行いました。彼女が強調したことは、発言力を強めなければいけないということでしたが、私は、受信力をもっと持つべきだと思います。一人ひとりがアンテナをより鋭敏なものにして、向こうからのシグナルを間違わないようにして、正確に誠実に応えるということがとても大事だという気がしています。

工藤:先ほど、兪正声さんの話が出ましたが、私たちは日本のNPOですが、日本のピニオンリーダーや有識者に横断的なネットワークとして参加していただき、課題解決に挑んでいくという、1つの大きな運動体だと思っています。そのような中、私たちが「民間外交」を主張して、中国と議論をして、中国の国家指導部とも会うという状況まできました。

 そうなってくると、これを見ている人は、私たちの運動は「民間外交」なのですが、かなり強い、政府に近い動きに巻き込まれてしまっているのではないか、と見る人も日本国内にいると思うのですが、宮本さんはどのように考えたらよろしいでしょうか。


政府外交でも、公共外交でもない、
中国との間に新しい「民間外交」というものをつくるプロセスにある

宮本:それは決して正しくない見方で、なぜ言論NPOの動きが重要視されているかというと、日本と中国の対話のチャネルがそれだけ減っているということなのです。そういう対話のチャネルが減っている中で、言論NPOは単に有識者を集めるというのではなくて、かなり有力な有識者、しかも、経済、外交という分野別ではなくて、そうした分野を横断した形で集めて、中国としっかりした対話をやっていることに対する評価であって、中国側が評価したからといって、私の言うことを聞きなさい、という世界ではないわけです。

 逆に、これまで言論NPOがやってきたことが、中国の社会、とりわけ中国の政治指導者の高い評価を得たということであって、これは大いに誇りに思い、自信を持ったらいいことだと思います。そこで、即、政府の枠にはまって、政府の言う通りにしなければいけない、という世界に入ることはありえません。これまで言論NPOがやってきたことが、そのまま日中関係にとって大事だと、貴重な対話の場を形作り、しかも10年間休むことなくやってきてくれたことに対する評価で、素直に受け取られたらいいと思います。

工藤:続けて、宮本さんにお伺いしたいのですが、私たちは「民間外交」や「民間交流」を非常に重要視していますが、中国の世界でそういうことが本当に可能なのか、ということを思っている人もいると思います。そのあたりは、どのように宮本さんはご説明されますか。

宮本:我々が想定しておかなければいけないことは、中国の社会全体が変革の過程にあるということなのです。したがって、これまでのステレオタイプ的な中国社会の見方という

 ことになってくると、純粋な民間というのは、公の場に出てはいけないのです。公の場に出たものは、もはや民間ではないのです。ですから、そういう意味での民間はありません。

 しかしながら、客観的に何が起こっているかというと、中国の国民世論が民間でなかったら何だというのかと。世論が中国政府の政策に影響を及ぼして、中国政府の政策の手足を縛っているわけです。中国政府としても、中国の世論がより冷静、客観的になって、中国政府が正確で、正しいと思う外交政策が出来上がることは必要なのです。

 したがって、彼らが、まさに工藤さんがやっているように、世論に働きかけて、世論と一緒になって日本の外交を支えていく。工藤さんの場合は、民主主義全般ですが、そういうものを助けていくということと、共通することはあるのです。共通する部分はありますから、これまでそうだった、というのではなくて、これからどうなるか、ということを十分に念頭において「民間外交」を考えるべきだと思います。

 工藤さんの10年間のチャイナデイリーとの毎年の議論、交流、そして、趙啓正先生の「公共外交」の全部がそうだとはいませんが、しかし、少なくともかなりの部分は趙啓正さんと言論NPOの交流、「東京-北京フォーラム」との交流の中で、思想を発展させて、中国における「公共外交」という概念を作り出したのです。したがって、そういうプロセスが、さらに中国との間で発展していく可能性がありますから、今、この段階でどうだから、これまではこうだったから、ということではなくて、中国との間に新しい「民間外交」というものを作っているプロセスにある。なぜ、そういうことが可能かというと、中国もそういう健全な世論を必要だとしているのです。世論を必要としているということは、世論に働きかけるということが必要ですから、あまり悲観的になる必要はないと思います。

工藤:山口さん、今の話は重要なテーマですが、どのようにご覧になっていますか。


日本側が目指す「民間外交」に、中国側をどのように誘導していくかが課題

山口:非常に重要だと思います。今回、兪正声さんとの超大物との会見が実現したということは、それ自体として、中国側の我々に対する評価の高さを物語っているのは事実だと思います。そのこと自体は、それなりに、我々は誇りに思っていい面があると思います。一方で、ちょっと心配なのは、外分局が今後、どういうことになっていくのか。要するに、中国側の政府要人が、このフォーラムの在りように対して強い関心を持てば持つほど、外分局自身が、今、宮本さんがおっしゃったように、公共外交のようなコンセプトを超えて、政府外交の一翼を担うようになっていく可能性があるわけです。それは我々としては本意ではないので、そのあたりを、これからどのようにうまく誘導していくか、工藤さんのハンドリングにかかっているような気がします。

工藤:今の話は非常に重要な論点なのですが、宮本さんはどう思いますか。

宮本:工藤さんは明確に自分の考え方を持っていて、世論をどのように位置付けていくのか、ということについて明確な考え方を持ち「言論外交」という新しい概念を持ち出したわけです。彼らがそれに賛同する部分があり得ると申し上げたのは、そういうものを中国側に説き続けていくことによって、世論が変わる可能性があるからです。単に上から言われただけ、プロパガンダで宣伝して教育してやれるのか、それとも、世論の参画を得ながら変えていくのか、色々な手法があり得るわけです。そういうものを、中国政府が考えるときの1つの材料にしていく、という形で彼ら自身を変えていく、それが1つの大きな使命だと思います。

 そうでなければ、従来の中国側のパターンというのは、基本的には「政府外交」しかなく、プラスアルファとして、趙啓正さんが言っている「公共外交」しかありませんから、その範囲内でどうしようか、という判断してしまうわけです。しかし、それを超えたものがあるということを彼らがいかにして理解していくか。

 我々のコンセプトで一番大事なのは、我々が議論している様子を国民に届けるということですが、その点は、外分局は非常に理解不足だと感じました。本来であれば、彼らは反対してはいけないし、反対するだけのロジックもないのです。しかし、全面的に支援して、それをやっていくかどうか、ということも含めて、彼らと色々とすり合わせをしていくということで、我々が望むようなパートナーになってもらえるかどうか、ということはあると思います。

 他方、外分局というのは前のチャイナデイリーに比べて、人も資金も豊かですから、そういうことを考えてやっていった場合には、大きなパートナーになり得るということです。しかし、そうではなかった時には、逆に我々が推進したいと思っている「民間外交」にも制限がかかってくる可能性も捨てきれません。これは、このスタジオをご覧の皆様も含めて、日本側も色々と議論をしていけばいいと思います。そして、我々がどのようなものを「東京-北京フォーラム」に期待するのか、ということを皆さん方と一緒になって考えていき、こういうことがあるべきだということがあれば、そこは曲げずに、中国側とこれから話をしていく必要があると思います。


中国の中に私たちの仲間がいることを身近に感じられた今回の対話

明石:我々はあくまでも我々の問題意識を失わず、持ち続けることです。愈正声さんに会えたのも、福田元総理が一緒だったからであって、我々と直接会う理由は必ずしもありません。したがって、そういう難しさ、二重性というものが常にあるわけです。もちろん、有頂天になるのも間違いだし、かといって我々が、これまで辿ってきた道を踏み外さないように、あくまでも政府とは独立の有識者、関心を持ち続ける市民として、言うべきことを言うことです。中国の中にも、そのような同友の士がいるらしいということは、今回の

 フォーラムで我々はますます感じ取ったと思います。多士済々です。政府の意見にまったく賛成の人もいるし、そうでない中国の人もいるし、その中間の人もいます。幅広い中間層が中国にもいるのだということを、私は本当に身近に感じ取ったので、嬉しかったです。

 と同時に、「これから大変だな」という感じも持ちました。ともかく、こういう小さな芽を育て、大事にすること、両者の真の意味での率直な対話の場を増やしていく。これが、「東京-北京フォーラム」という枠内でやっていくことは十分に可能だし、非常に弾力性のある柔軟な枠組みだと思っています。

 だから、工藤さんや日本側の実行委員会について今回嬉しかったもう一つのことは、中国側にも「同じようなものをつくってほしい」と我々が言い続けてきた中国側の実行委員会体制らしきものがやっとできたということです。しかし、「らしきもの」であって、我々の実行委員会のように重層的な、日本のいろいろな階層の人、いろいろな意見を持った人を集めて、何とか実行団体がそれを実施するという枠組みにまでなっていくのかどうか。これは様子を見ないと分かりません。


議論がかみ合い、昨年よりもさらに進んだ議論ができた安全保障分科会と経済分科会

宮本:ただ、今日のこの場で我々が明確に認識しておくべきなのは、「第11回 東京-北京フォーラム」の中身に関しては、成功だということです。少なくとも、私が担当した安全保障分科会に関しては、議論がかみ合ったのみならず、去年よりさらに進んでいます。そのことについては先ほどいろいろなお話がありましたが、11回目になって、確実に、少なくとも安全保障分科会に関しては一歩進んでいるのです。そういう実態が、対話の現場であるのだということだけは、日本の方々にも理解していただきたい。大きな環境として、先ほど申し上げたような、我々が注意しなければいけない問題があります。そのことは当然認識し、それにどう対応するかを考えていかなければいけません。ただ、私たちが行った対話の現場そのものは、進歩していました。

工藤:宮本さんがおっしゃったことが非常に重要なのですが、主催者間は、この枠組みを民間外交の拠点としてより発展させる。しかし、私たちは一つの議論のプラットフォームをつくっているだけで、そのプラットフォームの主役は、主催者ではなくそこに参加する有識者の皆さん自身なのです。10年前を思い出すと、当時はまだお互いの主張をぶつけ合うだけでした。しかし、今は、お互いが課題解決のために真剣に競い合って議論し、提案していく場がここに存在していることの方が、はるかに驚きです。そして、宮本さんに言わせれば「さらに進歩を遂げている」ということで、すごい舞台が始まっているのではないかと思っています。

山口:私もまったくそう思います。私が司会を務めさせていただいた経済分科会は、一言で言うと大成功だったと思います。今までになく議論が活発でした。それに加えて、議論がかみ合っていて、パネリスト一人ひとりが勝手なことを言うのではなく、一つの疑問に対して真摯に相手側が答えていく。そして、出された答えに対してまた疑問を投げかけていく。そういう活発なやり取りがあり、意見がかみ合い、何かの方向性や答えを求めていく。私はこのフォーラムに何回か参加していますが、こういう経験は、私にとって初めてです。

 今回、なぜそういうことになったのだろうかと考えると、これは突然変異ではないと思います。一つは、10年間の積み重ねがあって、お互いに議論を重ねていくことの大事さについての認識が広がってきたことです。もう少し言えば、お互いに対する信頼関係ができてきたということだろうと思います。

 それから、経済の分野では、考えれば考えるほど「日中の課題が共通している」という印象を受けます。経済の発展段階でいえば、1人あたりのGDPで見ても、全体のパイの大きさも、日本は経済大国です。ところが中国は、中国経済全体のパイは大きいけれど、1人あたりのGDPのレベルはまだまだ低い。そういう意味で、発展段階があまりに違うと言っていいのですが、発展段階は違うけれど、「それぞれの国を何とかしなければいけない」という思いが相当強いことは事実です。日本も構造問題を抱えています。中国自身も、経済成長のモデルを変えるという意味での構造問題を抱えています。お互いがそういう問題意識を持ち、しかも、実は解決の方向感はある程度同じなのだ、という認識の共有ができてきたのではないかと思います。

 もう一つは、冒頭で明石さんが言われた「安心してはいけない」ということと絡むのですが、今回の成果が本当にこれからずっと続くかどうかです。今回、中国の株価の下落をきっかけにして、世界の金融市場がある意味で混乱しているわけです。その中で、日本側も中国側もお互いに危機感を持って臨みました。お互いの問題点を探り合い、お互いに解決策を求めていこうという、今の状況が生み出す力があったことは事実です。したがって、今回の成功が今後も続くかどうかについては、用心深く考える必要があるかと思います。

 それにしても、一つ目と二つ目の理由は大きいと思いますし、これまで構築できた信頼関係の成果が、今回の経済分科会で本当にはっきりと出たと思います。

工藤:安全保障と経済という、まさに課題に直面していて、それを乗り越えなければいけないということで、非常に多くの人たちが当事者になっています。だから、その中でどんどん発展していくのだと思います。

 ただ、全体的な話をすると、福田元総理のスピーチにも他の人たちの話にもありましたが、「もっと視野を広げたらどうか」という問いかけが非常に重要だと思いました。歴史問題を直視して絶えず真剣に議論をすることは大事なのですが、歴史を議論するのは未来のためです。また、課題解決において、福田さんをはじめ何人かの方は、二国間だけでなく、

 アジアや世界の課題に対して日中が協力して取り組むという流れが必要だと提起しました。今回の議論を見ていると、そういう視点がけっこう多くみられました。

 にもかかわらず、実際の議論では二国間の問題に戻ってしまっています。そして、中国側の体制が変わり、いろいろな人たちがこの運動にかかわってきているために、「二国間関係をどうすればいいのか」のようなテーマになってしまいます。一方で、課題に対しては知恵を出さなければいけないし、グローバルな課題に対する日中の責任が問われ始めました。つまり、いろいろな問題が共存しているような状況の中で議論が動き始めた、ということも感じています。このまま二国間関係が中心の議論にするしかないのか、それとも、福田さんが言ったように、大きく視野を広げながら議論を構成していくことが必要なのか。そのあたりはどう考えればよいのでしょうか。


「東京-北京フォーラム」に残された課題は非常に大きく、半歩でも進むことが大事

明石:確かに、日中の共同の関心事項は増えてきているし、それについて中国側も「できれば踏み出したい」と思っています。しかしながら、日本側の出方を見極めたいという気持ちもあるし、経済問題では、わりと具体的なかたちで共通利益を量的に示しうる可能性があります。したがって、進歩は早く達成できるかもしれません。また、安全保障でも、専門家の間では共通の述語を使いながら、危機管理メカニズムの問題など、切羽詰まった事態をどう回避するかという危機感を両国が共有しているので、わりと対話が成立しやすいと思います。

 しかし、工藤さんがご指摘になったように、根底にある、歴史に関する日中間のいろいろな滞り、つまづき、不信感など、すれ違いが存在しています。私は、政治家が語り合うだけではなくて、歴史家、専門家にできる限り任せることができたらいいだろうと思っているので、いろいろちょっかいも出してみました。しかし、歴史の問題に関して彼らの思いは深いし、日本の過去における罪も重かったけれど、8月14日の安倍談話で日本の気持ちもかなり理解してもらえたのかなと思っていますが、やや楽観的だったと思います。

 だから、我々がもっとお互いに未来志向になるべきだというのは当然のことだし、できるだけ早く広範な領域で進めたいのですが、お互いに気持ちを100%見せあうところまでいけないのは、歴史上のいろいろなわだかまりがあるからなのです。したがって、我々は決してそれを忘れてはいけないのです。私が出席した政治・外交分科会では、かなりの静かな、しかし激しいやり合いはありました。私がある程度、意図的に相手を試すために言ったこともあるのですが、こういう問題は残っているなということを、日本側は忘れないで、一歩一歩、ないし半歩半歩進むことがとても大事だと思います。そういう意味では、「東京-北京フォーラム」に残された課題は非常に大きいし、ここで「もうここまで来たのだ」と安心してしまったら、また少しずつ後退が始まるでしょう。


歴史に関してお互いに正確な認識を持つことの重要性

宮本:歴史問題は残るのです。「加害者はすぐに忘れ、被害者は簡単には忘れられない」という構造はずっと残るわけです。したがって、未来のために過去を考えるという基本的な発想は100%正しいと思いますが、だからと言って歴史問題から我々が逃げられることはないと思います。これは、我々は真剣に認識しておく必要があります。ただ、同時に、中国側の歴史認識が間違っている可能性があります。例えば、南京大虐殺のユネスコ記憶遺産登録について中国の人と話している時に、中国の人は日本人が「南京大虐殺はない」と言うから我々はこういう対応をとらざるをえないのだ、というので、私は「誰がないと言っているのか」と返しました。日本国政府は正式に、南京で大虐殺があったと認めています。主流の歴史家の誰が「南京大虐殺はなかった」と言っているのでしょうか。一部の政治家が言ったことを日本全体が言ったことだと思って、ユネスコでこういう行動を起こされたのでは、大部分の日本人にとっては受け入れられますか、という話をしたことがあります。

 ですから、こういう問題に関しても、我々はまだ意思疎通が必要なのです。「未来をつくるため」と堅苦しいことは言わなくても、「こういうことに関しても、我々は日中で進めなければいけない」ということは、日中関係を進めていくときの宿題というか、肩にのっかかってくるわけです。私はそれを振り払いたいと思いますが、なかなか振り払うことができない問題だということは、我々も覚悟しておく必要があると思います。

 しかし、大部分の日本の人たちは、彼らに対して正確な認識を持っています。勉強した人はだいだいそういう認識に立っています。

 そういうことを前提に、歴史に関してお互いに正確な認識を持つということです。「未来の話をするから、もう過去の話はいい」ということでは、日中の問題はなかなか前に進まないと思います。

工藤:経済問題も、グローバル化の中でいろいろな課題が動いているし、それに対する議論は成り立ちやすく、そうした議論は今日もありました。貿易や投資がうまくいかないのは、政府間の改善が遅れているから、ということで政治問題とからめる議論が出されます。ここの点はどのようにご覧になっていますか。

山口:工藤さんがおっしゃった通りだと思います。政治的な問題が頭をもたげてくると、経済の議論が進みにくくなることは事実です。そういう意味では、政治問題をめぐる日中間の関係が、去年以降、少しずつ良い方向に向かっている。これが、今回の経済分科会での議論を豊かなものにした最も大きな背景だと思います。ですから、経済の議論をする上でも、歴史問題や尖閣問題を忘れてはならないのは事実です。

明石:やや逆説的ですが、我々と中国人の対話の中から歴史問題をなくすためには、歴史問題にもっと正面から立ち向かうしかないと思います。政治・外交分科会での議論で、安倍談話で「将来の世代に謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」と言ったのを、中国側が少し誤解してこちらに投げつけていたので、私は、その談話の一部を読んで正しい理解を求めました。あの言葉の次に来るのは、「将来世代は歴史問題を考えなくていい」ということではなく、歴史に対する反省は必要なのだということを強調しているわけで、日本人は歴史を決して忘れているのではないということです。

宮本:安倍首相は、「若い人は歴史を学ばなければいけない」とちゃんと書いています。

明石:だから、日本人はそういうことについて「それは安倍さんが言ったことではない」と言えるだけの知識と理解を持たないと、正しい相互理解はできません。それは大変だけれど、特に若い世代に、わだかまりのない、我々よりももっと素晴らしい真の友好的な関係を築くためにも、歴史をよく勉強してほしいと思います。

工藤:私も政治・外交分科会に出たのですが、日本人はあまり歴史を知らないというか、読んでいないような感じがします。読んだとしても非常に一面的で、自分中心の読み方なのです。世論調査で、中国の国民の7割が「自国のメディアは公平で客観的な報道をしている」と判断したという結果がありました。そのように、メディア報道に大きく依存する認識になると、対話をして直接交流の経験値を上げていくしかありません。だから、すごくきちんとした議論をしなければいけないと思います。

宮本:非常に難しいのは、我々自身も自分の専門外の問題については、見出ししか読んでいないということです。だから、外交を専門にしていない人が見出しだけに引っ張られるというのも、その人だけを責めるわけにはなかなかいかない面もあります。外交や歴史への理解をいかにして広げていくかというのは、特に日本社会においては非常にハードルが高いと思います。

工藤:最後の質問になります。来年、「第12回 東京-北京フォーラム」を東京で開催します。今回の財産や経験をどのように総括し、来年にどうつなげていくか、ということをお聞かせいただければと思います。


中国側の主催者ともよく詰めて、来年のフォーラムの土台つくりを

明石:第一に、我々が中国側と話をし、共通理解に達するべき課題、テーマは多すぎるくらいあります。第二に、それは日本外交にとっても、全てではないけれど、かなりの部分が最も重大な課題としなければいけないことばかりです。そういう意味では、日本の国内においてもセンセーショナルな関心の引き方ではなく、落ち着いた、冷静な、相手の立場や利害にも配慮した見地から、我々は引き続きこうしたフォーラムの内容をつくっていくべきです。

 そういう意味では、中国側の主催者は、ともすればそれと同じではないやり方で臨んでくる可能性があります。中国も、できるだけ我々と同じやり方、議題のつくり方、人の集め方になるよう、言論NPOと中国側の主催者がよく詰めて土台つくりをやってほしいし、我々もやれるだけのことをやりたいと思います。ただ、やはり違いは残るので、頭の痛いことは山のようにあります。来年の今頃まで準備を忘れてよいのでは決してなく、来年の準備は明日から、あるいは今晩から始まるということではないかと思います。


将来のビジョンを一歩でも前進させることができるための、来年の対話に

宮本:最終日の基調講演で小倉さんも言っていましたが、「どのようなビジョンを追求するか」ということで、我々はもっと彼らと可能性を探っていきたいと思います。「何のために何をしようとしているのか」ということがないと、単に「問題を解決しましょう」「もめごとをなくしましょう」と言っても元気が出ません。将来のビジョンを、1ステップでも2ステップでも前に進めることができるような、来年の会合になったらいいと思います。

 もう一つ、「東京-北京フォーラム」の非常に大事な側面は、その分野の専門家、有識者と言われる人たちが、国民の皆さんを前にディベートすることです。この議論が、非常に大事だと思います。したがって、日本のいろいろな経済使節団が中国に行きますが、それは、中国の要人の話を聞き、そして主要な官庁に行って「どういう政策ですか」と聞いて回ってくることです。研究者は研究者でいろいろな議論をしますが、それはオープンになっていないのです。オープンな場で日中の有識者がきちんと議論を交わす場は、実は「東京-北京フォーラム」しかないのです。これは我々の有利な点であり、国民の皆様のお役に立つ点だと思いますので、それを意識して、「東京-北京フォーラム」の強化というものを考えていけばいいのではないかと思います。

明石:「ディベート(弁論)」というのは少し語弊があって、ともすれば弁論大会になってしまいます。我々がやるべきなのは話し合い、顔と顔、目と目を見ながらの対話です。理想は、夢、できれば共通の夢を見るところまで行くことです。そこまで行きたいのですが、道筋は長いので、一足飛びに頂上まで上がってしまおうとすると、非常に失望する危険があります。


変化の時代に変わらぬ理念と哲学と、変化の時代への柔軟な対応を

山口:政治にしろ、外交にしろ経済にしろ、非常に変化の激しい時代だという感じがします。その中でどういう対話を行っていくのかというときに、一つは、どんな変化があろうと変わらない理念、哲学をどのように見極めていくかということだろうと思います。もう一つは、変化の激しい時代にどう対応していくのか、そして、それをどう克服していくのかという視点が大事なのだろうと思います。

 そういう意味で、変化の時代に変わらぬ理念と哲学と、変化の時代への柔軟な対応とを頭に置きながら、フォーラムでの議論を活発に行っていく。そこから見えてくるものがあるとすれば、それは、日本国民にとっても中国国民にとっても非常に大きな財産になるのではないかという気がします。大変難しい課題だと思いますが、我々としてそれを目指していくべきかだと思います。

宮本:日本国民を前に、日中双方の有識者が話を交わしているという場面がないのです。中国側の話を聞く、また日本側から話をする場はありますが、日本側と中国側が一つの問題について意見を交わしているところを、日本国民が目にすることはありません。その場をつくっているのが、「東京-北京フォーラム」だということなのです。それを大事にしてやっていただきたいと思います。

工藤:今回は行わなかったのですが、東京開催の場合はインターネット中継をするなど、いろいろな人たちがこの議論を見ることができるようなチャンスを増やして、国民が自分で考える材料をどんどん提供しなければいけません。そのためには、当事者の人たちがどんどん課題解決に挑まなければいけません。ただ評論しているだけではダメなのです。課題解決の姿の真剣さを国民が感じたときに、「自分たちも何かできることがあるのではないか」と思ってもらいたいです。

明石:私は貴州省で、中国側と日本側がお金を出し合って実施しているJICAの小さなプロジェクトを視察したことがあるのですが、議論を盛んに行い、お互いに学びながら実施しているのです。その学びのプロセスがとても貴重で、良かったと思います。

 ですから、プロジェクトの完成も大事ですが、プロジェクトを完成させるためのプロセス自体が実に貴重なものか。中国で最も貧しい貴州省の片隅で侃々諤々の議論をしながら、笑い合い、またトカゲの尾などを食べ合いながらやっています。あれは素晴らしかったです。あのような事業を何百も実施すれば、日中の本当の相互理解は飛躍的に進むと思います。

工藤:そのように多くの人たちが自分でいろいろなことを見て、「自分たちも何かできるのではないか」と感じる場をつくろうと思っています。今日は皆さん、お疲れ様でした。

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