. 言論NPO主催「東京-北京フォーラム」公式サイト - 北東アジアの平和をどのようにつくり上げていくのか

工藤泰志 工藤:言論NPOは10月24日、25日の2日間にわたって北京で「第11回 東京-北京フォーラム」を開催します。このフォーラムは、日中関係が非常に厳しい状況の中、立ち上げた民間の対話の舞台です。私たちは、日中間の課題を対話の力で乗り越えたいということで、このフォーラムをこれまで行ってきました。

 

 今回のフォーラムの中で、私たちの一番の関心事は安全保障の対話です。私たちは2年前の2013年のフォーラムにおいて、中国との間で「不戦の誓い」に合意しました。その合意を、さらに拡大、発展させるために、私たちは「北東アジアの平和をどうつくっていくのか」という議論に入っていきたいと考えています。今日は、その対話に参加いただく3人の方にお越しいただき、今回の対話で私たちは何を実現しようとしているのか、という点について皆さんと議論をしていきたいと思います。まず、宮本アジア研究所代表で、駐中国大使も務められた宮本雄二さん、元航空自衛隊教育集団司令官で元空将の小野田治さん、慶應義塾大学総合政策学部准教授の神保謙さんです。

 はじめに、今、日本と中国を取り巻く安全保障の環境がどういう状況にあるのか、そして、私たちが課題として考えなければいけない問題はどこにあるのか、という点について話を進めていきたいのですが、まず宮本さんから、どうお考えでしょうか。

 

日中関係における脇役から主役へと変容してきた安全保障問題

 

宮本:2013年の北京では、工藤さんの尽力によって「不戦の誓い」という合意に達しました。

 これまで日本と中国の関係において、安全保障というのはいわば脇役の問題でした。日米安保条約がどのように台湾に関連するかという点で、「米国が主役、日本が脇役」という構図だったわけです。ところが、2012年の尖閣諸島をめぐる対立の結果、日中両国の軍、自衛隊と人民解放軍が直接対立するという状況が出現しました。そういうこれまでとまったく状況が違う時代においては、どのように日中関係をマネージしていくか、ということは非常に大きな課題です。この安全保障の問題にうまく対処しなければ大変なことになってしまいます。

 そういう危機感から、「怖いから戦争しません」ではなく、「いかにして平和を作るか」という積極的な不戦である「不戦の誓い」を両国で合意しました。今回行うのはそれを踏まえた上で、さらに一歩どう進んでいくか、という議論です。脇役から主役となった中での今回の安全保障対話は、非常に大きなウェイトを持っているように思います。

工藤:小野田さん、その時から尖閣問題も含めて事態は動いていますが、今の日本と中国の安全保障の関係は、どのような状況でしょうか。

小野田:私は36年間航空自衛隊に在籍しましたが、この10年、20年の間でこうも中国の軍備が強大になるとは、想像していた人も少ないのではないかと思います。中国の軍備拡大のペースはそれだけ早い。もう一つ、これは軍に限りませんが、中国の行動が、周辺国から見て強圧的に見える。この2つのポイントは、日本だけでなくその他の国々にとって、安全保障上の大きな懸念材料になっています。

 尖閣諸島について申し上げると、軍事的な緊張はありますが、実際に中国軍と日本の自衛隊が非常に高い緊張感の下で対峙しているかというと、そうではない。ただし、中国が2013年に防空識別圏を設定して以来、実際に空の世界では見えない緊張が高まっていることは事実です。日本と中国の軍事的な緊張は、東シナ海、特に尖閣諸島をめぐる状況が一番大きいと思います。

神保:20年ほど前を振り返ると、1996年に日米安保共同宣言が結ばれる前の課題は、やはり朝鮮半島と台湾海峡でした。すなわち、地域における不安定性・不確実性に対し、米軍がどのような形で介入し、それを日本がサポートできるか。これが中心的な課題であり、脅威は我々の外側にありました。ところが、宮本さんがおっしゃるように、中国の急速な台頭に伴い、軍事力を投射する「幅」が大きく変わってきました。この「幅」が最初に現れるのが東シナ海の海域と空域、そして現在は南シナ海に広がっています。

 この海洋安全保障をどのように管理するかということが、日中間でも極めて重要な問題になってきており、そこに尖閣諸島という具体的な問題が入ってくるというのが、現在の日中の安全保障問題の構図です。さらに広げて考えると、そこには大きな2つの問題があり、1つが防衛大綱も散々述べている「グレーゾーン」です。伝統的な軍と軍の対峙という武力紛争に至らない領域で、様々な公船や民間船の活動が活発になっており、我々のいう「現状維持」に挑戦する迫力を持ってきています。これをどうマネージするかが非常に重要であることに変わりはありません。もう1つは、小野田さんが言われた通り、「中国の軍事力の近代化」で、これが米国の介入コストを高めています。90年代に米国が朝鮮半島や台湾海峡に介入した際よりも相当にコストが高く、しかも複雑になっている、この戦略環境をどう考えるかという点は、日本にとっても非常に重要な課題だと考えます。

 

認識のギャップは大きいのに、それを埋める対話の場がない

 

工藤:言論NPOが実施した世論調査でも、安全保障について日中両国の国民に質問しています。まず尖閣をめぐる領土の対立から軍事紛争が起こるかという質問にところでは、去年の調査では中国国民の半数が「軍事衝突の危険性がある」と答え、これには非常に驚きましたが、今年は収まってきています。一方で安保法制の問題などがあったのかもしれませんが、軍事的な脅威をお互いに抱いている。特に中国国民が、「軍事的な脅威を覚えている国」では、日本が米国を上回って第一位になってしまいました。国民感情など日中関係の世論は改善の方向にありますが、こと安全保障に関しては非常に複雑な展開になっています。この状況を宮本さんはどう思われますか。

宮本:専門的な話は小野田さんと神保さんにお伺いするとして、Perceptionといいますか、「物事を眺めて理解する」という出発点に問題を抱えていると思います。すなわち、中国の専門家がどの程度日本の状況を正確に理解しているか、そして、その専門家の言葉をどの程度一般の人々が理解するか、という課題があります。中国にとって、日本が米国を超える軍事的脅威であるというのはありえない話ですが、そういう結果が出るということは相互理解の問題がある。とりわけ、中国の軍事専門家、人民解放軍をみると、彼らは国内で純粋培養されたような方々で、海外との接触がほとんどありません。中国国内の論理で幹部になった人たちですから、自分たちのやっていることがどのように他国に受け取られているのか、他国の行動は何を意味しているか、ということに関する基本的な理解や想像力が足りません。

 我々が驚くような調査結果が出てくる背景として、出発点のところで相当に複雑な相互理解のギャップがあるということを自覚しておく必要があります。

工藤:そういう認識のギャップがある中で日本では安保法制の成立があり、これが中国でどう受け止められているかはわかりませんが、それが日本の軍国主義や脅威感という認識の形成につながっているのでしょうか。

宮本:戦前、戦中の経験があるものですから、中国の社会には日本の軍事的側面を過大評価してしまうということはあると思います。しかしながら、最も大切なのはそれを超えてどうするかです。中国の人たちは彼らの世界に閉じこもっていますので、日本の人が日本の考え方を説明しても、それが中国の人に届く場がありません。

 その点、「東京-北京フォーラム」は非常に良い場だと思います。我々が議論することで、日本側に日本の立場を伝える機会が生まれ、それが中国社会の中に入っていく。こういうものがないと、(安保法制も)中国側の専門家によって誤った認識のまま理解され、そしてそれが一般の国民に伝わってしまいます。

工藤:小野田さんにも対話に参加していただきますが、現在の安全保障分野の環境はかなり緊張していて対話をしてギャップを埋めなければいけないような状況なのでしょうか。どのような認識をお持ちですか。

小野田:認識のギャップは依然として大きいと思います。私は今回で3回目の参加となります。尖閣諸島問題を契機として日中関係が非常に冷却しましたが、昨年のAPECにおける日中首脳会談以降、中国側の姿勢に変化がみられ、日中関係改善への方向づけをしているように見えます。

 ただし、軍事的な観点から見ると、相互の対話の機会や仕組みが今も存在していません。日中の連絡メカニズム構築がまもなく調印にいたると思いますが、そのような機会を増やすことができれば、例えば軍事関係に携わる人間の相互理解が広がり、お互いの行動に対する予測可能性を深めていくことになるので、そういう機会を増やしていくことが今後の重要な課題ではないかと思います。

工藤:一方で、先ほどの世論調査結果が示すように、世論の中には安全保障面で日中間の距離感を覚えている人もいます。神保さんはこの状況をどのようにお考えですか。

 

安保法制の混乱を、対話のメカニズムをつくり、メッセージを伝えるための教訓に

 

神保:安全保障は戦後70年の日本の歴史の中で重要な意味を持っています。実際、日本国内の世論を見ても、安保法制をめぐり大きく意見が割れました。実は、自衛隊の世界的な展開というのは20年前のPKO法案から始まっていて、今はカンボジアだけでなく、アフリカ、中東、ハイチなど、世界中に展開しています。すでに90年代には周辺事態法という形で地域的な展開も念頭に置いていたわけで、その蓄積の中に今回の安保法制や安倍政権の安全保障政策があるわけですが、世論や中国とのコミュニケーションという視点でみると、戦略的なパッケージングについてどう説明するかという難しさがあったように思います。ですから、本来であれば日本国内でもあんなに意見が割れる必要はなく、中国側も落ちついてこの議論をみることができたと思います。そこで、対話のメカニズムを作ることや、互いにわかりやすいメッセージを伝えていく努力を続けるべきという教訓になったのではないでしょうか。

工藤:宮本さん、中国社会は日本の安全保障上の転換を、どのように見ているのでしょうか。

宮本:色眼鏡で見ているところがあります。例えば、「日本は従来から軍事を重視してきたから、軍国主義になりやすい国だろう」と思いながら眺めると、ちょっと動きがあれば「その傾向が強まっているのではないか」とどんどん思い込んでいき、「日本は不安な国」だということになってしまいます。もちろん、中国側だけでなく日本にもそういう傾向があるということは我々も自覚しておく必要があると思います。

工藤:小野田さんもおっしゃったように、専門家レベルでの対話や、軍関係の対話などが動かないと話にならない気がします。

小野田:基本的に軍と軍の対話というものは、両国の政治状況が悪化すると凍結されてしまいます。政治状況が悪くても我々のような民間によるトラック1.5やトラック2であればチャネルとして継続できますが、軍と軍の対話は止まってしまう。止まってしまうと、何か危険な事態があったときに対話のチャネルがないため、偶発的な衝突を生む危険があります。先ほど申し上げたように、昨年来の日中の関係改善の文脈の中で、軍事レベルの連絡メカニズムというものが再始動し、ようやくまとまりかけているというのが現在の状況です。ですから、かなり緩和しているのが現状だと思います。

工藤:第1セッションで2つの方向性が見えてきました。1つは認識ギャップという問題で、それぞれの安全保障政策の変更や進展についてしっかり説明し合う、きちんと議論をすることが重要だということです。もう1つは、尖閣諸島だけでなく南沙諸島も含めて、平和的な環境をどのように作ればよいのか、何が課題なのかをきちんと議論していくことです。まず、お互いに説明しあうということについてですが、日本としては、日本だけが説明するのではなく、中国にも何かを話してもらう必要があると思いますが、この辺りをどう考えればよいか、神保さんからお話しいただきます。

 

安全保障の安定性を図るため、日中両国が更に透明性を高めていくことが必要

 

神保:安全保障の安定性を図るためには、お互いを知ることは非常に大切です。そして知るためには、自ら透明性を高める努力が大変大事です。日本は多くの情報を公開し、政策上の目的を明らかにし、法的な基盤を明示することをもって、我々が危機にどのように対応するのか、平和をどのように維持していくのかという姿勢を示すわけです。

 我々は安保法制を作りましたが、どのような形でグレーゾーンに対応し、どのように同盟を強化していくか、ということを明示しているわけですから、中国にも同様に、海洋安全保障をどのようにマネージしていくのか、米国との関係をどう規定しようとしているのかについて、明らかにしてもらうことを求めていくべきです。そして同様の透明性を持つ、すなわち軍事的な意図、ドクトリン、これからの装備の調達計画等も含め、明確な形で議論できる環境を整えることが大切だと思います。

工藤:お話を聞くと、かなりハードルが高いように思いましたが、そういうことは必要だと思いました。小野田さんはどうですか。

小野田:私もまったく同感です。対話をして「この点はどう考えているのかわからない」ということを相互に議論していくことは重要です。

 笑い話になりますが、日本は防衛白書というものをずっと作っていて、年々厚くなっています。もう5年もすれば持てなくなるのではないでしょうか。しかし、中国が毎年出している白書はせいぜい数十ページのものです。そういう中でお互いに十分な説明ができるのかというと、それは難しいと思います。おそらく日本の防衛白書は、世界でも五指に入るほど透明性が高いです。正直に申し上げて、現役自衛官も防衛白書を教科書の一つにしています。防衛白書に書かれているようなことについて、お互いにさらに透明性を高めていくことが、ベーシックな課題としてあると思いますし、我々は彼らに対して求めていくべきだと思います。

工藤:私も日本の防衛白書と中国の国防白書を読みましたが、日本の防衛白書を読むことで中国が判るということがあるぐらい、非常に詳しく書かれていました。

 宮本さんにお聞きしたいのですが、中国は日本の安保法制の何を知りたいのでしょうか。今回の世論調査結果を見ても、日本は「軍国主義」だという声が強いのですが、何を説明するべきなのでしょうか。

 

中国の安保法制の理解の背景には、日本国内の理解不足も影響している

 

宮本:彼ら(中国人)はよく「国情の違い」といいます。「外国の皆さんは中国の国情を理解してください」と言うわけですが、日本の国情はまさに民主主義で、民主主義のプロセスにおいて政府は国民にきちんと説明する義務があり、国会でも議論する。そのおかげで透明性は非常に高いわけです。

 中国の人によく考えてもらいたいのは、中国もそういうことをやらないと、外国の人に中国の意図は正確に理解してもらえないということです。中国に対して否定的な見方がされている、と中国の人は言いますが、そういうところに最も大きな問題があるように思います。日本に関する問題の一つは日本のマスコミの受け入れ難です。新華社が「参考消息」というものを毎日作っているようですが、そこでは独自の記事でなく外国の記事を紹介しています。日本の安保法制に関する報道は、日本の新聞報道が伝わっていったということで、論調がどうなるかはご理解いただけるかと思います。それで、「日本はさらに海外で軍事力を使う方向へ、着実に一歩を踏み出した」ということになるのです。

工藤:世論調査では中国の人が日本に軍事的脅威を感じる理由として最も大きいものは、「日本は米国と連携して軍事的に中国を包囲しようとしている」となっています。確かに中国の中でそのように安保法制をベースとしてそのように見えているのかもしれませんが、神保さんはこの結果についてどう分析されますか。

神保:中国はより遠方に自らの戦力を投射できるようになってきましたが、その入口にある台湾や日本は、中国にとって最初にぶつかる相手になると思います。その日本が新しい日米防衛協力のガイドライン、そして今回の安保法制で、アメリカとより高いレベルの防衛協力をしていく。しかもそれは平時から有事に至るまでシームレスな形で共同対応する領域を増やすわけですが、そういうことになると、中国は自ら主張する様々な問題解決の仕方と異なる形で、目の前の日米同盟に対峙しなければならない。こういう問題認識で、こういうアンケートの結果が出ている気がしますね。

工藤:小野田さんはどうですか。日本としては昔からの安全保障政策の流れに沿った展開だと考える一方、中国としては日本が各国へ軍事展開しているように見えている可能性はありますし、宮本さんのお話のようにメディアにそういう論調があるのでなんとなくそう思っているのかもしれません。

小野田:今回の安保法制において最も中国が日本に対して懸念しているのは、集団的自衛権の一部行使容認、つまり日米が共同で戦争をする体制を築いているのではないかということです。その点は大きな誤解であるということを、我々は今後中国との対話の中で説明していく必要があるかと思います。

 ただ、集団的自衛権の問題は、日本国内でも正しく理解されていない部分もありますので、それもネックになっているように感じています。

工藤:宮本さんはどうですか。こういうことが本番の対話では大きな焦点になるように思いますが。

 

日本だけでなく、東南アジア、米国も感じ始めた中国脅威について、

 今回の対話で中国側は説明していく必要がある

 

宮本:焦点になるとは思います。ただ日本側だけでなく、中国側も説明する必要があります。中国を脅威と感じているのは日本国民だけでなく、東南アジアもそうですし、米国のセンシティブな人たちも同じように感じ始めています。

 中国側はその原因について、「日本が曲解している、意図的にそう理解しようとしているからだ」と解釈するのではなく、中国側の行為がどう見られているのかを客観的に眺め、その上でそれが違うというのであれば、日本が理解できる言葉と論理で説明してもらう必要があります。日本側が間違っているというのであれば、なぜ間違っているのかを説明しなければ、日本としては判断のしようがありません。中国側の建設的な説明や対応を引き出したいですね。

工藤:神保さん、東シナ海だけでなく南沙諸島のおける中国の行動についても質問する必要があると思いますが、いかがでしょうか。

神保:宮本さんのお話に敷衍すると、2000年代の初め、特に中国がASEANとFTAを結び、南シナ海に関する行動宣言を結んだ時代は、比較的、外交が力より先行していた時代であったと思います。ASEANも中国側に対する親近感を深め、多くの貿易投資の関係が伸びていった時代です。しかし、2007、8年くらいから風向きが変わり、2010年代になると力による支配に舵を切った形で、南沙諸島の埋め立てやスカボロー礁をめぐる対立、パラセールのオイルリグの問題などが目立ってきています。

 なぜこうなってきているか、中国側から客観的な説明がほしいところですし、どういう秩序を望んでいるかという将来的な着地点もしっかり説明してほしいと思います。数年前に中国は、ASEANとのCode Of Conduct、すなわち南シナ海における行動規範について公式の協議入りをしたのですが、これが遅々として進んでいません。この行動規範事態は、一般的な開発や埋め立てを自制するという枠組みにならざるを得ないわけで、これを先送りにし、ある程度既成事実を作るまで外交を考えないというのであれば、厳しく批判していくことが極めて重要な選択となるのではないでしょうか。

工藤:日本も説明はしますが、中国もいろいろ説明しなければならないわけですか。

小野田:私も神保さんと同意見で、中国の皆さんが考えている国際法やそのルールの理解に関して、日本や米国を含む周辺諸国と大きな認識ギャップがあることが最大の懸念です。おそらくその部分が、中国の強圧的な行動と結びついています。国際法に対する理解について、どこが我々と違うのか、中国の方々と対話をしてみたいと思っています。

 

中国は、力だけでは制御できない国際環境を、

 どのように共存共栄でやっていくのか、という発想の切り替えを

 

宮本:中国は全ての面において生成過程にあるのだと考える必要があります。こう言うと中国の人は怒り出すと思いますが、中国はまだ子供で、大人になっていないのです。図体は大人の何倍も大きくなっても、社会全体としての成熟度が足りないのです。いろいろな問題について学習中ですが、身についていません。国際法やルールとはどういうもので、どのように対応しなければならないのか、ということの理解が定着していません。かといってまったく別のものに挑戦しようとしているのかというと、そういう段階でもない。そもそもどういうルールが必要なのかということに考えが及んでいない、というのが私の印象です。国際社会が中国と付き合っていく際の最大の問題がそこにあるわけですから、早くこの「子供」の段階を脱却して我々と同じレベルで議論できるようになって、そこで初めて安定的なルールが築けます。

 もちろん、ルールも、これまでのルールがすべて正しいわけではありません。国際法は生成していくものですから、皆で相談して作ってもいいわけです。ただ、それをスタートできるところまで中国が到達できるか、ということが私の疑問です。

工藤:中国は、国際社会のルールについて、これは既存の大国が作っているものとして、それに対して挑戦していこうとしているのでしょうか。それとも、よく理解できない中で、自分流に解釈しているという状況なのでしょうか。

神保:ルールというのは現状肯定化という意味を持ちます。体が大きくなる時に小さい服を着せられようとしている、自分はもっと大きくなるのに今小さい服を着せようとするのは、先進国が中国のパワーを削いで自ら有利な国際環境に当てはめようとしているからだ、という発想を中国は強く持っているように思います。

 ただ、もしも中国経済がこれからソフトランディングに入っていくとなると、今までに得たアセット、つまり経済規模や財を制度に落とし込むことが非常に大事だと思います。そうなると、当然ながらパワーだけでは制御できない国際環境を、どのように共存共栄でやっていくのか、という発想に早めに切り替えていくことが必要です。経済が落ちた混乱期に制度を作ろうとしてもうまくいきませんから、そういう形に導けるかが非常に重要なポイントです。

宮本:彼らは強い国なら何でもできるという19世紀的な発想を捨てられていない可能性があります。第2次大戦後の世界のルールというのは、大多数の国が支持しない限りルールは作れない、という大きな原則があり、米国でさえ一国でルールを作れません。中国には早くそれに気づいてほしいですね。

工藤:「この地域の平和をどう作っていくか」というテーマに私たちは挑戦しなければならないのですが、皆さんの話を聞いていると出てくる疑問があります。中国は平和秩序をどのように作っていこうとしているのか、という点です。「自分たちの秩序を作ろうとしている」ということはわかりますが、「平和的な秩序を作る」という発想があるのかどうかわかりません。宮本さんはどのようにお考えですか。

 

中国が目指そうそしている秩序は、未だ試行錯誤であり生成過程にある

 

宮本:中国はどういう秩序を作ろうとしているのかというと、それは未だ試行錯誤というか、生成過程です。このままではいけないと考え、習近平さんは2013年、14年と対外政策を整理し、「平和」や「共存」、「協力」といった新しいアジア外交方針を打ち出しました。しかし、実際に中国がやっていることと整合しないのではないか、という疑問があります。なぜなら、アジア外交方針を打ち出した1か月後くらいに防空識別圏を設定したわけです。中国国内には色々な考え方の人がいるので、そういう矛盾が出てくるのは国内の実態を反映している、とある中国の記者は言っていました。

小野田:宮本さんの「生成過程にある」という見方には、なるほどと思いました。例えば防空識別圏を2013年に設定した際、米国の識者から指摘されていたのは、人民解放軍の空軍が自分たちの力を国内的に確保するために強く出ているという見方です。これが正しいかどうかはわかりませんが、そういう見方は論理的に納得できる部分があります。

 そして、先ほどから中国の国際法への挑戦という話が出ていますが、私が最も注目していることの一つは、神保さんのおっしゃったように、南シナ海で中国はどのようなルールを作ろうとしているのかという点です。そして、もう一つは、今ロシアがウクライナや中東に進出してやっていることについて、中国は国際社会の出方を凝視している、ロシアの行動の帰結が国際的秩序にどう影響するかを学んでいるように見える点です。そういう意味で「生成過程」という表現に納得を覚えます。

 ここで重要なのは、将来志向でそういう点に切り込んで鋭く議論することが今我々に求められていることだと思います。アジアだけに視点を矮小化するのではなく、もっと視野を広げて中東で起きていること、欧州で起きていることも、国際秩序という観点で大きな試金石になることを忘れてはならないと思います。

工藤:今のお話は、今回の対話でも問われてくると思います。私も同じ問題意識を持っていて、以前、中国の方とお話しした時に、まさにそのことを議論しました。大国、しかも核保有国が、今の平和的な秩序に挑戦しているのではないかと。ワシントンで議論をしたときは、中国側の人たちが「経済発展に伴って、中国は今までの平和5原則を守ることは難しいかもしれない」と言うと同時に、ロシアを非常に重要視していました。神保さん、中国は今、平和的秩序を模索しているのでしょうか。

 

共存可能な領域をルール化するという発想ができれば、「平和・共存」の可能性が生まれる

 

神保:かつてであれば、中国の最大の国家目標は経済発展であり、それを「安定的に進めるための国際環境をつくる」という言い方で、周辺国との協調を正当化していました。しかし、ここ数年は「核心的利益論」を前面に出してきて、中国の主権・領土保全に関する問題と自らの政治体制の安定性を守ることに関しては、一切妥協できない、という姿勢を強めてきたわけです。そこには当然台湾が入り、海洋権益を守るという問題があり、新疆ウイグル・チベットを含む領土の統一性のような問題も含めるのですが、その範囲も伸縮します。これが伸びてくると、東シナ海も南シナ海も含まれるということになり、周辺国と共存可能な空間が押しつぶされるようになってしまう。このような言説を主体として国際環境を作ろうとする場合には、なかなか安定的に平和な環境を作ることは難しいと思います。共存可能な空間をどう作るかは今までの議論にある通りですが、航行の自由や共同資源開発などを、ルールをベースに進められるかも非常に大切だと思います。

 中国にとって現在の「核心的利益」は他国との共存不可能な領域ですから、これが広がるとゼロサムゲームになってしまいます。しかし、共存可能な領域をルールで作るという発想になれば、そこに「平和・共存」の可能性が生まれますので、このロジックをどれだけ伸ばせるかが重要な議論になると思います。

工藤:今のご指摘は、今度の対話でも是非行っていただきたいですね。まだ「生成過程」にあるのであれば、議論を真っ向から行い、あるべき方向に導いていく段階にきたといえますが、すでに凝り固まっているのであれば非常に困ったことになります。宮本さん、この生成過程において中国と対話して、中国は平和的秩序に対して何かを生み出す余地はあるのでしょうか。

宮本:あると思います。客観的事実として、中国が自分の意思を全世界に押し付けることは不可能です。そうすると中国はある段階で妥協を迫られます。その時に我々がどれだけきちんとした立場を堅持しながら、「それが正しい」と中国に納得させられるものを持ち続けられるか。これは一種のソフトパワーです。

 このルールに関して我々は絶対に妥協できない。「絶対に守るべきだ」と多くの国が同意したとき、確実に中国にとっての抑止力になります。そういうものを我々は前面に押し出していくべきです。多くの国々の賛同を得て国際的なルールを示し、守るのか守らないのかを中国に迫る形に持ち込まないと、安定した平和的秩序は実現できないでしょう。

 神保さんのおっしゃる通り、あのようなものを「核心的利益」と言われたら、我々も「これが核心的利益」と言うしかない。そうして双方が妥協できなければ、衝突コースを歩むしかなくなります。これはお互いにやってはいけないことです。

工藤:お話を伺いながら今度のフォーラムでどういう話をするか考えて、非常に楽しみになってきました。神保さんがおっしゃるような状況の中で、課題を共有してルールに沿って解決していく。そういう領域を拡大していくというチャレンジはできる気がします。また、北東アジアに色々な問題がある中でも、どのように平和的な環境を作るか、という議論も行いたいと思っています。小野田さん、これはどのように議論を進めればいいと思いますか。

 

自衛隊と人民解放軍の対話のチャネルをいかに増やし、広げられるかがポイントに

 

小野田:非常に難しいとは思います。ただ、対話には色々なレベルがあります。一番容易なのは「学」と「学」の対話、一番難しいのは「軍」と「軍」の対話です。

 米国と中国の関係を見ていると、軍と軍の対話が進みつつあります。もちろん、お互いに制限を持っているものの、リムパック演習というハワイ周辺で行う最も大きな演習に中国海軍が参加していますし、これを通じて米中の軍人の間で一定の対話が行われているのは事実です。残念ながら自衛隊と人民解放軍の関係はそこまで進んでいませんが、そうであるからこそ大きな改善の余地があると思いますし、希望を持っています。大切なのは、軍と軍が衝突してしまうと、政治も含めたすべての良好な関係が崩れてしまうので、それを絶対に避けるということです。世界情勢、経済情勢からして、中国も同様の考えを持っていると思います。ですから、軍と軍の対話のチャネルをいかに増やし広げるか、これが私の今回の対話の一つのポイントになると考えています。

工藤:私も軍と軍の関係の議論に参加し、非公式で司会をしたときに、軍関係の人は非常に現実的な議論ができると感じました。オペレーション上どうすれば戦争を起こさないか、衝突を回避できるかということで共通の話をできる余地がありますね。

小野田:人道支援・災害救援(HADR)への対処の中で協力できる余地が大いにあります。軍だけでなく警察や消防もそうですし、マレーシア航空370便が行方不明になったとき、中国は主導的な立場から色々な貢献をしてくれました。そういった面で我々が協力できる面は大いにあり、それを突破口に関係・対話を増やすことにはチャンスがあると思います。

神保:危機管理のメカニズムを作り、共通の利益があるところは増進していく、という2つの作用を同時に進めることが大切だと思います。危機管理の部分は小野田さんがおっしゃった通りですが、共通の利益をどれだけお互いに重要なものとして認識していくかは、もっと伸ばす余地のある分野だと思います。

 例えば、朝鮮半島の問題、つまり北朝鮮をどうするかという問題については、アプローチの違いはありますが、非核化という目標においては、日中そして米国は共通の目標を持っています。これをメカニズム化して対話を深めていくことは可能だと思います。

 小野田さんのおっしゃるHADRは、現在のところ二国間・多国間の軍事的な訓練や演習のメカニズムの中心的課題になっています。第三国を想定しない、共通の利益を増進する枠組みを通して軍と軍の関係を深めることは大変重要で、これに対しては人民解放軍もオープンな姿勢になっています。こういったインターフェースをどんどん増やす努力を、これからも続けなければなりません。日本はそれを中国に対する牽制に使うこともあるでしょうが、その枠組みを中国が参加できるものに変えていくこともあり得ます。中国が建設的な姿勢を示したら「ぜひ一緒にやりましょう」と言い、そうでなければ牽制な枠組みに変えるかもしれない、という柔軟なコミュニケーションを軍と軍の関係を通して行うことが大切だと思います。

 

日中両国民の多くは、北東アジアが目指すべき価値観として「平和」を挙げた

 

工藤:私は、外交を動かすときに重要なのは世論だと思っています。世論がナショナリスティックに動いてしまうと、外交は身動きができなくなります。しかし、言論NPOの大きな価値観は、国民が考えることにあります。「不戦の誓い」も、多くの人たちにどれだけ理解されたかを心配していましたが、今年の世論調査で北東アジアが目指すべき価値観に関する設問を出した際、自由・平等・法治・法の支配・人権などの選択肢の中で、日本人の7割・中国人の6割に選ばれたのが「平和」であり、続く形で多く人が選んだのは「協力発展」でした。多くの世論や国民が地域の平和を考えているのは非常に大きなことです。これをベースにして平和・秩序をどう作るか、という議論を動かさなければなりませんが、今回司会をされる宮本さんはどう思われますか。

宮本:私にとっては元気づけられる結果です。それだけ多くの人が平和を強く意識しているというのは、世論は「政府もそちらの方向へ進め」と考えているということですから、一歩を踏み出すための基礎ができたという気持ちです。あとはこれをどのように具現化するかであり、そのためには専門家の方々が知恵を出していかなければなりませんが、共通目標を確認することができるだけでも素晴らしいことだと思います。

工藤:今日のこの議論を聞いている方で、「続きを聞きたい」と思われる方もたくさんいると思います。私たちの中国との対話は、単なる議論ではなく、この地域の平和を作るために何ができるかを考え、そして実現するためのものです。皆さんも議論を聞いて考え、私たちの取り組みに皆さんにもご参加いただくような状況にしていきたいと思います。私たちは来週北京に行きますので、そこでまた報告したいと思っております。本日は皆さん、どうもありがとうございました。

 
親カテゴリ: 2015年 第11回
カテゴリ: 事前座談会